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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4311号 判決

被告 平和相互銀行

理由

本件建物の前所有者は、高橋征甫であり、昭和三二年四月六日高橋征甫名義の保存登記がなされていることは当事者間に争いがない。

(証拠)によれば、原告は法人として成立した日である昭和三三年三月二五日高橋征甫から贈与により本件建物の所有権を取得したことを認めることができる。しかして、右所有権取得につき、原告は、移転登記を経由していないことは原告の自認するところである。

本件建物につき、昭和三四年一月二四日、高橋征甫から被告忠岡への同月二〇日付売買を原因とする所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

被告忠岡は、右所有権移転登記の登記原因が売買となつているのは、高橋征甫の被告忠岡に対する商取引上の債務の担保とする目的で、本件建物を売買の形式を以て譲渡担保に供したことによるものであり、右登記は実体上の権利に符合する旨抗弁するので考えるに、(証拠)によれば次の事実を認めることができる。

高橋征甫は、昭和三〇年頃からその母キイと共に小林なつのを自宅に宿泊させ、同女を教祖として「まこと信心」という教団を組織し、自宅を礼拝所として宗教活動をなし、昭和三二年四月には、自宅に接続して本件建物を建築し、昭和三三年三月二五日「まこと信心」なる宗教法人として登記を完了し、自らその代表役員となるなど布教に没頭し、一時は相当数の信者を集めていたが、同年秋頃、高橋征甫及びその母キイを初め原告教団幹部は、教祖小林なつのに不信を懐くようになり、小林なつのは賽銭箱から原告所有の金員を持ち出して宇都宮市に逃げ去り、その後も教祖側についた信者を使つて、本件建物から道具類を持ち出し、或いは本件建物の占拠を図る等のことがあり、原告は、教団としての活動を継続することができなくなり、事実上解散の状態となつた。そこで、高橋征甫及びその母キイを初め原告教団幹部は、唯一の原告財産である本件建物を処分して原告の債権者並びに寄附をした信者らに売得金を分配することとした。ところが、原告の債権者であり、その責任役員である上松留三郎は、原告に対する債権の代物弁済として、本件建物の所有権移転を主張し、高橋征甫に対し本件建物の登記済権利証、印鑑証明書の引渡を要求し、遂に本件建物を占拠するに至つた。高橋征甫としては、債権者は、上松一人ではなく、寄附した信者も多数であるから、本件建物の売得金は、これらの者に公平に分配すべきであると考えていたので、上松の権利証等の引渡要求を拒否していたが、原告教団は当時混乱状態にあり、上松の右要求のほか信者鈴木留吉の指導する教祖派の者らも本件建物の明渡を迫り、その上剰余者で本件建物に宿泊していた者らの行動も不穏であつたため、本件建物の権利証も高橋征甫の下に保管することに不安があつた。遡つて、高橋征甫は昭和三一年五月頃から被告忠岡がその代表者である株式会社忠岡商店(洋品の製造卸売を業とし、松坂屋百貨店はその得意先であつた。)との間に羽根布団等の製作供給契約を締結し、株式会社忠岡商店名義で松坂屋百貨店に羽根布団等を納入していたが、宗教活動に没頭するようになつたことから、昭和三二年一二月頃には株式会社忠岡商店に対し前渡金等の未払債務を負担したまま取引を中断していた。しかし、高橋征甫は、昭和三三年七月七日、被告忠岡から株式会社忠岡商店に対する高橋征甫の従前の債務は金一九五、一二五円であることを確認せしめられ、その支払方法として、並びに原告が事実解散状態に陥り、生活の途を失つたことから、その頃被告忠岡に前記取引の再開を申出ていた。このようなことから、高橋征甫は、被告忠岡に原告教団の内情を話し、原告の唯一の財産である本件建物を他に有利に売却する必要があること、その権利証の保管に不安を感じていることを打ち明けた。これに対して、被告忠岡は、本件建物の権利証は株式会社忠岡商店の金庫に保管して置けば安全であること、上松留三郎は警戒すべき人物であること、本件建物は、被告忠岡の手でその友人に有利に売却できること等を話し、そのために、本件建物の権利証、印鑑証明書、白紙委任状その他登記に必要な書類の交付方を高橋征甫に促した。高橋征甫は、被告忠岡を信用して、同被告に昭和三三年一一月、まず本件建物の権利証を交付してその保管を頼み、次いで印鑑証明書、白紙委任状、固定資産税課税台帳登録証明書その他登記に必要な書類一切を交付して本件建物を原告のために売却することを委任した。被告忠岡は、もともと高橋征甫の右委任を履行する積りはなく、本件建物の権利証、印鑑証明書その他前記書類を交付させたのは、高橋征甫の株式会社忠岡商店に対する前記旧債務金一九五、一二五円の確保並びにこれが支払を確保するために許容しなければならない取引の再開により将来生ずべき株式会社忠岡商店の債権を確保する目的であり、本件建物は金四〇万円位の債権の裏付けとなし得るものと考えていたので、高橋征甫を欺いて権利証その他前記書類の交付を受けると直ちに高橋征甫と株式会社忠岡商店の取引を再開させておき、その後間もなく、白紙委任状に右委任の趣旨に反して、本件建物につき、被告忠岡と高橋征甫との間に売買が成立した旨虚構の事実を記載し、権利証その他前記書類を冒用して被告忠岡のために前記所有権移転登記を経由した。

右のとおり認めることができ、これに反する被告忠岡本人尋問の結果は措信できず、他に右に反する証拠はない。

してみると、右認定事実に反する被告忠岡の抗弁事実はこれを認めることができず、被告忠岡は実体的権利を有しない登記名義人であるから、原告は、本件建物につき登記は有していないが、所有権者として被告忠岡に対抗することができ、被告忠岡は、右移転登記の抹消登記手続をなすべき義務があること明らかである。

本件建物につき、被告銀行と、被告忠岡との間の、債権者被告銀行、債務者第一ケース株式会社(昭和三五年三月一日附記登記債務者株式会社忠岡商店)債権極度額一五〇万円の根抵当権設定契約を原因とする根抵当権設定登記及び停止条件付代物弁済契約停止条件付賃貸借契約をそれぞれ原因とする所有権移転請求権保全仮登記賃借権設定請求権保全仮登記がなされていることは当事者間に争いがない。

しかして、被告忠岡は、本件建物につき何らの実体上の権利を有しないことは、前段判断のとおりであるから、仮りに被告銀行主張のとおり、前記根抵当権設定登記及び各仮登記につき登記原因たる各契約がなされたものとしても、被告銀行は、無権利者からの転得者であるから、右各契約の際被告忠岡が無権利者であることにつき善意たると悪意たるとを問わず、民法第一七七条の第三者に該当せず、原告は本件建物の所有者として、被告銀行に対抗することができ、被告銀行は、右根抵当権設定登記及び各仮登記の抹消登記手続をなすべき義務があること明らかである。

よつて、原告の請求はすべて正当として認容。

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